ランディス館

1889(明治22)年頃の竣工と推定される宣教師館。宣教師のH. M. ランディス(Rev. Henry Mohr Landis)が住んでいたことから、ランディス館と呼ばれました。この建物は、1964(昭和39)年、明治学院高等学校校舎の新築工事に伴い取り壊されました。ランディス館の様式は、下見張り、破風板の飾り、ベランダの方杖、三角形の日輪模様のアップリケなど、19世紀中頃のアメリカの住宅様式(カーペンターゴシック等)の特徴がよく現れていると言えます。

ランディスは1888年に高等学部または中学部で英語、心理学、経済学、1892年には明治学院神学部で新約聖書学、哲学、ドイツ語を教えており、ラテン語、ギリシア語、フランス語、ドイツ語等を講義に自由に用いたといわれています。

ランディス館

ランデス教授夫妻及び子息

ランディスの後方には妻のエンマ(Stiefler, Emma Marie)と子息(James McCauley Landis)が立っている。

参考文献:
  • 明治学院文化財等保存修理委員会編『明治学院旧宣教師館(インブリー館)建物調査報告書』 1995年 学校法人明治学院
  • 『明治學院沿革略』1917年11月1日